TibetTibetの監督、キム・スンヨンのブログ
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キム・スンヨン

Author:キム・スンヨン
TibetTibetの監督、
キム・スンヨンによるブログです。

1968年生まれ。滋賀県出身の在日コリアン3世。97年、世界旅行の途中に北インドのダラムサラでチベット問題を知り、持っていたビデオカメラで撮影を開始。帰国後編集し、2001年3月に『チベットチベット』として完成させた。同年、雲南省に撮影旅行し『雲南COLORFREE』を制作、07年に公開。08年、BNN新社刊の映像作家年鑑『映像作家100人2008』に選出される。09年、沖縄の基地問題を訴える『心~ククル~UAやんばるLIVE』を監督。09年、書籍版『チベットチベット』完成(河出書房新社)。現在、インド放浪の魅力を伝える新作に取り組んでいる。09年冬頃完成予定。



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チベットチベット書籍化
6月に河出書房さんから書籍版の『チベットチベット』が出版される。

ラサ市街を見下ろすデプン寺の僧侶
郢昶・繝サ郢ァ蜷カ繝」郢昜コ・繝サ騾オ繝サtibetibe-001a-P007_convert_20090405135502

原稿はもう書き終わり、映画の静止画像の中から挿絵になる写真を選び出す作業に移った。
編集者の塚田さんと約100枚の候補の中から、33枚を選び出した。
最初の一枚に決定したのがこの写真。
いい絵だとは思うけど、意外にも静かな印象からはじまる。

選ばれた写真はどれも見ごたえのあるものばかりだった。
惜しくも33枚に選ばれなかった写真からいくつか見てみよう。


仏像の開眼法要を執り行うダライ・ラマ14世
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はじめは順光で撮っていたが、回りのカメラマンのシャッター音が気になり出し、一人反対側へ回るとちょうど朝日が昇り始めて神々しく見えた。


人民解放軍の兵士
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ポタラ宮殿前の人民広場で、非番の人民解放軍兵士が記念撮影をしていたので、僕も便乗して撮らせてもらった。書籍にはアップで写したものが選ばれた。


雪のヒマラヤ
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標高5500メートル、夜中の気温マイナス20度の山小屋で雪に降りこめられる恐怖。
撮影するのは大変だったが、亡命してくるチベット人は命がけでここを越えてくる。


田口ランディさんに帯を書いていただくことが決定した。
初めて書いた本だけど、きっと素晴らしいコメントをくださると思う。



ダライ・ラマ長寿の法要
 僕は一昨年まで六年間、沖縄本島読谷村の窓から水平線が見える南国調の家に住んでいた。
00220ishigaki20hirakubo3-36.jpg

僕が沖縄から西新宿に引っ越したのは2007年の11月だった。西新宿は高層ビルが根元から倒れてきたら下敷きになるようなビルの城下町。僕は西新宿七丁目の雑居ビルの三階に事務所兼住居を借りていた。
tokyo014.jpg

3月9日、旧事務所から目と鼻の先にある常圓寺というお寺で、『ダライ・ラマの長寿儀式の法要』が開催されたので参加してきた。

 今年三月は、ダライ・ラマが亡命してから50年になる。世界各地にいるチベット人は、それぞれの地域で50年目を記念して様々な行事がある。
ダライ、記念撮影、インド
 インド北部のダラムサラでは、チベットの4大宗派(ニンマ、サキャ、カギュ、ゲルク)とボン教をはじめ、チベット亡命政府と民衆が、ダライ・ラマ法王の長寿儀式を行う。世界各地にいるチベット人も、それぞれの地域で法王の長寿儀式をするのだ。
 
 一時間ほどチベット語でみんなで読経したのだが、僕は聞いていて心が洗われた。
日本の般若心経であれ、イスラム教のコーランであれ、お経や宗教の歌を聴くと心が浄化される。

 休憩時間にラクパ代表とルントク氏と話した。
僕は昨年のオリンピック前にデモを起こして逮捕されたチベット人が気になっていた。
資料映像、ラサのデモ
資料映像、ラサのデモ、流

何人が刑務所に入れられて、どのような処遇なのか?
オリンピックが終わった今、何人が釈放されたのか?  
気になっていたので聞いてみると、
「行方不明者が多すぎて、今は人数の把握すらできない状態です。捕まった人はどうやらゴルムドの刑務所に移送されているようです。私達にもあまり情報は入ってこないです。中国もやり方がどんどん巧妙になっていますから・・・」
 ゴルムドとは青海省で、ラサからは遥か遠くだ。チベットの中の刑務所いるのと気分的には大きく違うだろう。それにしても、ダライ・ラマ法王日本代表部でも正確な情報を持っていないのか・・・。
川崎ふれあい館
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川崎にある川崎ふれあい館というところへチベットチベットの上映と講演に行ってきた。
この地域は在日韓国人が多く住む地域で、大阪でいう鶴橋のようなところだ。
タクシーにも「コリアンタウンまで」で通じる。

上映中、控室でコーディネーターの崔さんとこの後の流れについて打ち合わせしていると、いきなり「ヨッ!元気?」と言わんばかりに40代後半の男性がかる~いノリで僕らの間に入ってきた。そして延々自分の話をしだした。自分も在日韓国人だということ、最近まで府中大学へ留学(ムショ暮らし)していたこと、パソコンを勉強してること、卒業した中学へ遊びに行ったことなどだ。最後は宝物の古い白黒写真を見せてくれた。赤ちゃんの彼がお母さんにおんぶしてもらってる。彼は『じゃりん子チエ』のテツのようなキャラでものすごいインパクトだったが、聞けば崔さんも彼と初対面だという。これが川崎か、生の川崎に触れた気がした。

60人の観客の半分が在日韓国人で世代はばらばらだった。
いつもはダライ・ラマとはどんな人か? チベット問題はどうなってるのか? 制作裏話などを話すことが多いが、せっかくだから自分のアイデンティティの変遷をテーマに話した。
子供の頃は在日韓国人であることを恥じていた僕が、ルーツを認めることにより運命を受け入れられるようになり、やがては二つの祖国を持つ自分のことをラッキーだったと思えるようになった、という話。
質問コーナーの時に在日一世のおじいさんが映画の感想を言ってくださった。
映画のことも講演の内容も褒めてくださり、在日韓国人が舐めてきた辛酸とオーバーラップしたことを熱く語ってくださった。
僕は在日一世の人がチベットチベットにシンパシーを感じてくれたことが嬉しくてたまらなかった。

また行きたい、川崎市ふれあい館のホームページ
http://www.city.kawasaki.jp/25/25seiiku/home/fureai/hureai.htm
石井、ダライ・ラマに悩みを打ち明ける

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書を捨てよ、旅に出よう
京都精華大学のAssembly hourというイベントに招かれた。
アセンブリーアワーとは"集会の時間"という意味。
今年で40周年を迎えるこのイベントは僕と同じ年だ。
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1968年より精華大学にさまざまな「時の人」が訪れ、数々の言葉を残してきた。
ここ10年を振り返ってみてもそうそうたる顔ぶれだ。
2007年度
マイケル・アリアス(映画監督・ビジュアルクリエイター)/『鉄コン筋クリート』 Directors Notes
2006年度
ちばてつや(漫画家)×竹宮恵子(漫画家)/マンガ界の明日はどっちだ!?
浦沢直樹(漫画家)×長崎尚志(マンガプロデューサー)
2004年度
茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー)/脳から見た美とはなにか
富野由悠季(アニメーション映画監督)/ガンダムから考える。固有なものとは何か?
2003年度
リリー・フランキー(イラストレーター)/夢みたいな『夢』探し~リリー・フランキー的哲学~
2001年度
高野孟(インサイダー編集長)/21世紀をリスタートさせる方法
萩尾望都(漫画家)/ チープな素材のディープな内実
2000年度
李鳳宇(映画プロデューサー)/映画を配る・映画を創る
1999年度
井筒和幸(映画監督)/憎たらしいほど愛しい≪映画≫
野田知佑(カヌーイスト・エッセイスト)/世界の川を旅する
村上隆(現代美術家)/PO+KU ART レボルーション
1998年度
仙頭直美(映画監督)/映像が映し出すもの~仙頭直美・学生との対話~
他・・・。

どれもめちゃくちゃおもしろそう。大学生っていいなあ・・・。
僕は一体何を学生に伝えたらいいのだろう。
僕に求められているのはチベットのこととダライ・ラマのこと、そして旅のことだろう。

チベットとダライ・ラマに関しては対談相手をお願いした。
14人のダライ・ラマ 上・下を翻訳された田崎國彦さんと渡辺郁子さんだ。
この本には歴代ダライ・ラマの歴史になぞらえてチベットの全て(国の成り立ちから現代の状況まで)が書かれている。それゆえ田崎ご夫妻は日本人の中では最も広く深くチベットの知識を持つ人といえるのだ。
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僕はなんとかして旅の魅力を伝えたかった。
講演のタイトルは 書を捨てよ、旅に出よう とした。
寺山修二氏の有名な言葉「書を捨てよ、街に出よう」のパクリ的オマージュで気に入っている。
僕が旅をするのはなぜか?旅の根源的な魅力とは何か?
「理由なんかない。そこに山があるから登るんだ」と言ってしまえばそれまでだが、行ってない人を置き去りにしたくない。
もう少し面倒見のいい言葉はないかと考え、こう言った。
「旅に出ると主人公感がアップするからです」
味、景色、文化、など色々あるけど まあ、これに尽きますね。

学生からの質問で「旅の裏ワザを教えてほしい」と言われてこう答えた。
「若いころの旅はどこかストイックで武者修行のように捉えていました。それゆえ服装は最低限のものを着まわしていました。初めのヨーロパ旅行、次のインド、その次の中東、だけどその次の南米旅行で気がついたことがあります。それはある程度おしゃれした方が旅が楽しいということ。なぜなら外国で知り合う現地人にしてみれば、僕らは日本人の代表で、彼らには歴史ある先進国ジャパンに対する夢がある。そういうイメージに答えてあげる方がいろんな局面でリターンが大きいのです」
2005年のインド旅行ではハリジャン(最低カースト)の村に泊めてもらってた。あの時はポールスミスのシャツにリーバイス、さわやか系の香水もふっていた。すると自分がものすごく浮き彫りになるけど、そこらの小汚いバックパッカーとは別格の丁寧な扱いにしてもらえたのだ。
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第一回アセンブリーアワーの講師だった寺山修二氏の写真の前でパシャリ!






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